【妄想劇場】セブンの子(その1)

ダンが地球を去って、約半年。
アンヌは男の子を産んだ。
ダンの子だ。異星人の子だ。
「身体が真っ赤だったらどうしよう」
「角が生えていたらどうしよう」
見るからに異星人の子が産まれるのではないか。
そんな不安を吹き飛ばすように、生まれたのは、ごくふつうの元気な赤ん坊だった。
アンヌは迷わず、その子を「ダン」と名付けた。
父親と同じ名前。
この子は自分にとって、ダンの生まれ変わり。
それ以外の名前など、考えられなかった。
ダンが去ってすぐ、アンヌは地球防衛隊を辞めている。
キリヤマ隊長をはじめ、親しい仲間からは熱心に引き止められた。
けれど、異星人の子を宿した身。
静かに産み育てるためには、退隊するしかなかったのだ。

移り住んだのは、郊外の古いアパート。
築30年、1DK。
3畳の小さなキッチンと、6畳の居間。
狭くても、母と子が暮らすには十分な城だった。
古いおかげで、家賃も格安だ。
幸い、地球防衛隊からの退職金は、アンヌの年齢には破格の金額だった。
現役時代にコツコツ貯めた貯金もある。
合わせれば、あと4〜5年は生活できるはずだ。
その頃には、息子も手から離れているだろう。
そうなったら、また働きに出ればいい。
アンヌには医師免許がある。
仕事に困ることはないはずだった。

息子のダンは、手のかからない良い子だった。
夜泣きはいっさいせず、アンヌもぐっすり眠れた。
泣くのは、お腹がすいた時と、オムツが汚れた時だけ。
しかも不思議なことに、どちらの理由で泣いているのか、アンヌにはすぐに分かった。
「私たち、ちゃんと心がつながっているんだね」
小さなダンを抱きしめながら、アンヌは静かに微笑むのだった。

小さなベランダに、寄り添う母と子の影。
夜になるとアンヌは、ダンを抱いて外に出た。
澄んだ空に広がる星々。
都会の喧騒を離れたこの場所を選んだのは、夜空が綺麗だったから。
「ほら、あれがお父さんの星よ」
星を指差すアンヌの瞳は、いつも少し潤んでいる。
分かっているのか、小さなダンも夜空を見つめ、小さな手を伸ばした。
そうして二人は、いくつもの夜を重ねていった。

肌を刺すような、冬の寒い夜のこと。
空気は一段と澄み渡り、無数の星がまたたいていた。
「お父さんの星は、あれかしらね」
ひときわ輝く星を指差した、その時。
──違うよ。
静かな夜に、声が響いた。
「誰!?」
アンヌは我が子を抱きすくめ、振り返る。
誰もいない。部屋の影にも、かつて戦った異星人の気配はない。
気のせいか、と腕の息子に目を落とすと、ダンはニコニコと笑っていた。
──ごめんね、お母さん。驚かせちゃったね。
再び、頭の奥へ直接届く声。
「まさか、あなたが喋っているの…?」
──そうだよ。まだうまく喋れないから、テレパシーで話しかけてるんだ。
驚き、そしてすぐに愛おしさが込み上げる。
父親が「私はセブンだ」と告白したあの日も、アンヌは一瞬ですべてを受け入れた。この子の不思議も、すんなりと胸に落ちる。
「すごいわ、やっぱりお父さんの子ね。でも、言葉はどこで覚えたの?」
──言葉はまだ覚えてないよ。僕のイメージをお母さんが言葉に変換してるんだ。お母さんの考えていることはまだ見えないから、声に出して話してね。
「ええ、わかったわ」
──あとね。お母さんが指差した星、お父さんの星じゃないんだ。
「そうなんだ…」
地球人のアンヌには、遠い宇宙の故郷は見つけられない。
──お父さんの星は、あそこ。
ダンが小さな指で指し示したのは、深い夜空の「闇」だった。
「ああ、私には見えないのね…」
寂しそうに微笑むアンヌに、幼い声が優しく重なる。
──ううん、お母さんにも見えるよ。もっとよく見て。
目を凝らし、闇の奥を見つめた瞬間。
漆黒の宇宙が、まばゆく拍動を始めた。
一等星よりも強く、月よりも明るく。
まるで夜が明けたかのような光が、ベランダの二人を包み込んでいく。
「あれが…お父さんの星…」
──そうだよ。僕が大きくなったら、お母さんをあの星に連れて行ってあげる。
「ありがとう。楽しみにしているわ…」
母と子は、いつまでも、優しくまばゆい光に包まれていた。

(続く…)